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ロシア・魅惑のエルミタージュ





サンクトペテルブルクの観光名所の多くはユネスコの世界遺産に登録されていて、その
代表がエルミタージュ美術館でしょう。 1764年にエカテリーナ2世が収蔵品の収集を始め
たのが始まりで、本来はエカテリーナ2世専用の美術館でした。フランス語で「隠れ家」を
意味する「エルミタージュ」という名称もそれに由来します。当初は王侯貴族の収集品を
収めるだけで、一般向けの開館はしていませんでしたが、1917年に一般向けに開館し
ました。小エルミタージュ(Малый Эрмитаж)、旧エルミタージュ(Стар
ый Эрмитаж)、新エルミタージュ(Новый Эрмитаж)、エル
ミタージュ劇場(Эрмитажный театр)、冬宮(Зимний дво
рец)
の5つの建物が一体となって構成されており、現在本館となっている冬宮はロマ
ノフ朝時代
の王宮です。主な所蔵品としては、レオナルド・ダ・ヴィンチ の「リッタの聖
母」やゴッホ の「夜の白い家」があります。



ロマノフ朝はかつてのロシアの王朝で、ロマノフ家は、ロシア帝国を統治していた皇室
でした。 その紋章は双頭の鷲です。16世紀末のフョードル・ニキーチチ・ロマノフの代
に台頭し、その息子であるミハイル・フョードロヴィチ・ロマノフが1613年にリューリク朝後
の動乱期を制して初代ツァーリ(皇帝)に即位し、18代ニコライ2世が廃位させられる191
7年まで続きました。 専制君主として君臨し、ピョートル1世(ピョートル大帝)のとき西洋化・
近代化を進めヨーロッパの列強に加わり、その後勢力を拡大してヨーロッパから沿海州
までを支配しました。その後、宮廷革命でドイツ人のエカテリーナ2世が即位します。この
過程でロマノフ家にはドイツ系の血が濃厚となりました。19世紀に入ると立憲君主制を
求めてデカブリストの乱が起こり、1905年革命で絶対君主制から立憲君主制へ移行し、
さらにロシア革命で君主そのものが打倒されました。



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